風は伝令。神の命を受けて大地を駆け回り、目にしたものを伝えて回る。生き物はその声を聞き取って生き長らえてきた。戦争によって命を持つもののほぼすべてが滅び、残ったものたちが絶海の小さな島に移り肩を寄せ合って生きていたとしても風は仕事を果たしにいく。

「皆の衆、聞いてくれ。風の神様が『大きな台風がくる』とおっしゃっている。すぐに避難してくれ」
「本当ですか。大変だ!早く逃げろ!」
「風のお告げだー。台風がくるぞー」

次の日、台風が島を襲った。

「良かった。風の神様のおかげでまた命を救われた」
「全くだ。風の神様がいらっしゃらなかったら……。考えただけでも恐ろしい」
「感謝の気持ちを忘れないようにしなければ

それから数百年の月日が流れた。

「大変じゃ、風が『明日巨大な津波がくる』といっておる」
「なに寝ぼけたこと言ってんだよ。こんなに穏やかな海は見たことがねえ。おい、家帰って寝ようぜ」
「そうじゃそうじゃ、風の声が聞こえるなんてどうせ嘘なんだろ。もう騙されないぞ」
「こら、待たんか。かつて風のお告げのおかげで我々の祖先が何度助けられたか知らないわけではなかろう」
「そりゃ話では聞いたことはあるけどさ。どうせおとぎ話だろ。本気にする方がおかしいのさ。第一、俺には風の声なんて聞こえねえ。自分が分からないことは気にしない。それが俺のポリシー」
「お前さんの嘘につきあう奴は誰もいないじゃろう」

次の日の朝早く、とてつもなく大きな津波が島を襲った。高台に避難していたのは風の声を聞くことのできた老人一人だけ。他のものは皆、家の中に取り残されたまま海に飲み込まれていった。

それから一ヶ月もしないうちにその老人も息絶え、時を同じくしてほぼすべての島がこの大津波によって滅びた。今から二十万年ほど前の話だ。今地球にいる人類はこのときにただ一つ生き残った島の子孫、風の声を聞けるものの血をひいているはずなのだが……。

さて、昔話はこの辺で終わりにして本題に入るとしよう。おぬしは儂の声が聞こえるようだからの。実は明日……。

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