微笑
研究者たちが見守る中、ビーカーの中の液体は淡い独特の光を帯び始めた。
「やった!ついに完成したぞ!」
ここは、某国の国立研究所。ここでは極秘裏にある物質の研究が行われていた。それは原料として土と水しか必要とせず、強度や物性も自在に変えることができる。エネルギー源として利用することもできる。しかも、非常に低コストで合成することができるのだ。研究成果をまとめながら主任研究員はつぶやく。
「まさか夢の中で思い浮かんだ物質が本当に完成するとは……」
それを見て彼はにっこりと愛に満ちた微笑を浮かべた。この物質こそ彼が夢の中で研究員に囁いたものなのだ。
その物質の完成を知らされた政府はこの研究の一切を国家機密としてしまった。しかし他国はそれを察知し、スパイを送り込んできた。その結果、その物質に関する情報は全ての国に流出した。だが、どの国もこの物質に関する情報を手にしたのは自国だけだと思い込んでいた。
それを見て彼はまた愛に満ちた微笑を浮かべた。全ての国に情報が行き渡るように仕向けたのは言うまでもなく彼だったのだ。
とある国境での小さな衝突をきっかけにしてそれまで比較的平穏だった世界の状況は急速に悪化した。そしてついに全世界を巻き込んだ戦争が始まった。誰も気づくことはなかったが、どの国の兵器もすべてがあの物質でできていた。どの国もみな兵器にしかあの物質を応用しなかったのだ。原料が無尽蔵にあるため、いくら戦闘が続いても兵力は低下しない。各国は敵国があの物質を知っているとは夢にも思わない。当然の結果として、人間は地球上から消え去った。
それを見て彼は悲しげな表情を浮かべた。愛と慈悲に満ちた彼は人間が資源不足に苦しんでいるのを見て、あの物質を人間に授けたのだった。ところが人間はそれを戦争にしか利用しなかった。
しかし彼がそんな表情を浮かべていたのはほんの一瞬だった。彼には人間以外にも愛すべき創造物がたくさんいる。彼は再び下界を見渡し、苦しんでいる創造物がいないか探し始めた。再び彼の顔には愛に満ちた微笑が浮かんでいる。