永遠の命
2100年、人類はついに禁断の領域に足を踏み入れた。肉体の老化を科学によってくい止めることに成功したのだ。これによって遠い昔から人間の夢だった永遠の命が実現するかに思われた。しかし、これにはただ一つ問題があった。老化を防止するといっても細胞分裂の回数を無限にするだけで死んでしまった細胞まで再生することはできない。つまり神経細胞の減少までは阻止することができないのだ。せっかくの夢の技術も絵に描いた餅で終わってしまう。
ところが時をほぼ同じくして人間の脳に刻み込まれている性格や記憶などをコンピュータに移植する技術が開発された。この二つを組み合わせれば死滅した神経細胞を超小型コンピュータに置き換えることで肉体だけでなく脳も永遠に生かすことができる。世界中の人間は狂喜にわき、病院や研究所に殺到した。
人類の生活は一変した。どれだけ生きても栄養素さえあれば老いることはない。たとえ脳に致命的なダメージを受けてもコンピュータに置き換えるだけで以前と何ら変わらない生活を送れる。病気や事故をのぞけば死亡するものはいなくなり、それまで時間に追われて生きてきた人間は無限の時間を手にしてさらに科学や文化を発展させていった。その結果いかなる病気や怪我も治療可能になり、最終的にそれは遺伝子レベルで人体に刻み込まれ、人間は文字通り永遠の命を手にした。世界の人口はどんどん増えていった。人々はこのまま夢のような暮らしが続くと信じていた。
それから30年後、人類は危機的な状況に瀕していた。爆発的な人口増加によって食料や土地がいくらあっても足りなくなり、飢餓と略奪が地上を支配した。すべての資源は力のあるものが独占しさらに豊かな生活を続ける一方、弱いものたちはひっそりと地下で暮らさざるを得なくなった。病気にかかっても怪我をしても時間がたてば治ってしまう。たとえ食料がなくなって飢餓で苦しもうともなかなか死は訪れない。体が朽ちていくのを自覚しながらもがき苦しんだあげくに死んでいくのだ。
その後、富めるものたちは争いによってますます資源をかき集めていった。食料や鉱物、水に至るまで彼らは独占した。その傍らでは世界に絶望して自ら命を絶つものもいた。自分の手で自分のコンピュータを破壊するという方法によって。
さて、私の話はここまでだ。そろそろ永遠の旅に出るとしよう。天国が地獄か、どちらかはわからないがそこから地上の様子を見続けるだろう。ついてこいとは言わない。君は好きな道を歩むがいい。今ここで死を選んでもいいだろうし、人類最後の一人を目指すのも悪くはない。あるいは争い好きな連中を説得して昔のような世界を取り戻すこともできるかもしれない。すべては君の決めることだ。