或る男
男は歩いていた。なんのあてもなく歩いていた。動くもののいなくなった大地を、ただ歩いていた。
男は歩いた。ひたすら歩いた。自らの力が尽きるまで歩いた。そして倒れた。
男は目を覚ました。そこはあの世ではなかった。世界で唯一つ滅びを免れた街、人類にとって最後の砦だった。
男は働いた。働けば生きていくことはできた。最低限の食料と雨露をしのげる屋根。それだけで十分だった。
男は忘れていた。自分の過去を。いっさいの記憶を失っていたのだ。
男は生き続けた。いつしか男は街を率いる存在となった。そして思い出した。自分の過去を。命令されたとはいえ、押してはいけないボタンを押してしまったと言うことを。
男は街を去った。誰にも何も言わずに去った。そして地平線の彼方へと消えていった。