荒涼とした大地を男はさまよっていた。水もない。食料もない。頼りはぼろぼろになった人工栄養製造器だけ。非常時のために作られたそれは空気を取り込み、有害な物質を取り除いた上で人体に必要な形で栄養を作り出してくれる。しかしそれもそろそろ限界だった。あの日から一年、男の命を支えてきた器械も男の精神も、リミットを迎えようとしていた。

すべては一年前にさかのぼる。地球に巨大な隕石が衝突したのだ。地球上の生物のほとんどが一瞬のうちに蒸発し、地球は死の星と化した。男はたまたま地下深くに作られた研究所に勤めていたため直撃は免れ、他の何人かの研究者とともに生き延びた。しかしあるものは絶望のあまり自ら命を絶ち、またあるものは発狂し人を手にかけた。そんな中、男はどうにか研究所を抜け出した。それから男はあてもなくさまよい続けたが人影も草木の一本も見ることはなかった。自殺を考えたのも一度や二度ではなかった。しかし、人間というのは簡単には死ねないものである。手首を切ろうと思っても刃物がない。絶食しようと心に決めても目の前の装置の誘惑には勝てない。そうして男は運命が自分を見放すまで生きていくしかないことを悟った。装置は何度か調子が悪くなったが男は必死になってそれを直した。月に一度降るかどうかの雨もありったけの容器にためた。そうやって一年間生きてきたのである。

そろそろお迎えかな。でもやれるだけやったろう、そうだろう。男は薄れゆく意識の中、昔を思い出していた。あの、人に囲まれて生きていた頃を……。

「No.11623245879、起床の時間だ。」
無機質な声に男は目を覚ます。またあの夢を見たようだ。これで何度目だろうか。最初に比べるとずいぶん長く、リアルになってきている。もしかしたら……
「食事をしろ」「出社しろ」「休憩しろ」「デートをしろ、場所は…」……
男はその声に従って行動する。いや、男だけでなく世界中の全ての人間がそうしている。核戦争をすんでのところで回避した人類は、コンピュータに自らの管理を任せたのだった。機械の歯車のような一日、それの積み重ねの一月、一年、一生。

そして夜がやってくる。コンピュータの支配から唯一解放される夜が。

次の日の朝、男は支配者の声には応えなかった。男の顔はどこか達成感に満ちたような表情のまま冷たくなっていた。

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